【五等分の花嫁】零奈と生徒手帳の写真の女の子が別人説について考察していこう

注意

この記事には『五等分の花嫁』のネタバレがあります。

こんにちは。みなさまはGWをどのようにお過ごしでしょうか?

わたしは積読がたまりすぎているので、それを一生懸命消化したいと思っています。これでも昔は読書感想の記事を中心に書いていました。もう消しちゃったけど。

そういえば当ブログに「五月は『小学生の頃の修学旅行で風太郎と出会った生徒手帳の写真の女の子・零奈』ではない」というコメントをもらいました。ありがとうございます。

せっかくなので、そのことについて考察していこうと思います。

結論から言ってしまうと、わたしは五月=生徒手帳の写真の女の子だと考えています。

五月の抱える矛盾

五月は『小学生の頃の修学旅行で風太郎と出会った生徒手帳の写真の女の子・零奈』ではないとおもいます
というそもそも「零奈=五月」「写真の子≠零奈(五月)」とは確定していないため
フータローの前に現れた零奈は五月が変装した姿で間違いないのですが
五月はフータローから以前に写真の娘の話を聞いているシーンがありますが本人がそもそもピンと来ていません
『あの日、京都であの子と出会い、いつか誰かに必要とされる人間になると決めた。俺はそのために勉強してきたんだ』

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『その子との出会いがあなたを変えたんですね』(どう考えてもとぼけてるとは思えない)
その次の日に
零奈はあのお守りを出して私だよ!と5年前の子だと告げている
『このお守りについてはフータローのモノローグで』のみ語られたので五月はこのお守りについてなにも聞いてません(買ったのか貰ったのか?という質問だけしけフータローからはうけていない)

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「写真の子」が五月だつじつまが合わなくなってしまいます
お守りを知らなかったくせにお守り出して5年前の子だよーってのは五月一人が考えて行動するには無理があります(四葉がグルである可能性が濃厚のため)
(ボートの零奈と京都の子は同一ではないと考えるのが自然です)

上記の文章が当ブログにいただいたコメントです。文章打つの大変だったと思います。ありがとうございますm(_ _)m

コミックス5巻収録の第34話あたりのやりとりを見ると、五月はお守りのことを知らないことが読み取れます

それ以前の描写を見ても、五月が風太郎と出会った記憶を保持しているとは思えないような描写が目立ちました。

本作の序盤にて風太郎は二乃に睡眠薬を飲まされてしまい、五月にタクシーで送迎されることになりました。

その時に五月は風太郎の住所を確認するために、彼の生徒手帳を覗いたので、風太郎が過去に金髪にしており生徒手帳の写真の女の子と出会っていたことを知ります。

確かに五月は風太郎と一緒の時間を過ごしているはずなのに、その思い出を聞き直すのは違和感を感じますね。

五月は以下のような状態になっていると考えられます。

  • 記憶喪失になっている
  • 生徒手帳の写真の女の子ではない

五月≠生徒手帳の写真の女の子だと仮定しても違和感が発生する

なぜ五月に零奈の演技をさせたのか

五月が生徒手帳の写真の女の子ではない場合、生徒手帳の写真の女の子は五月に過去の自分 (零奈)のふりをするようにお願いしたことになります。

ちなみに零奈が現れた時、つまり5−6巻前後の主要キャラクターは以下のような状態になっています。

  • 一花→女優のお仕事
  • 二乃→五月と喧嘩をして家族と絶縁状態
  • 三玖→二乃を気にしている (実質フリー)
  • 四葉→陸上部の練習
  • 五月→二乃と喧嘩して上杉家でお世話になる
  • 風太郎→自分に自信が持てなくなってる

演技能力に長けている三玖の手が空いているのにも関わらず、生徒手帳の写真の女の子は演技が下手な五月に零奈の演技をお願いしたことになります。

生徒手帳の写真の女の子には三玖に願い事を頼み辛い事情があるのでしょうか?

また三玖が生徒手帳の写真の女の子であるならば、わざわざ五月に零奈の役をお願いする必要はないと思います。

五月≠生徒手帳の写真の女の子の場合、四葉が生徒手帳の写真の女の子である可能性が濃厚ですね。

五月が外道という事になってしまう

零奈はボートから立ち去る際に、生徒手帳の写真をお守りの中に封印します。

生徒手帳の写真はお守りよりもサイズが大きくなっており、小さいお守りに入れようと思うと、小さく折りたたまないといけません。再び開封した頃にはぐちゃぐちゃになっているでしょう。

生徒手帳の写真の女の子と風太郎にとってその写真はかけがえのない思い出が詰まったものになっています。

五月≠生徒手帳の写真の女の子だと仮定した場合、五月は他人の思い出の写真をぐちゃぐちゃにした外道になってしまいます。

その時の五月は風太郎を好きになっておらず、ただの友達として見ています。

現在の一花のように闇落ちしているはずが無いので、五月には他人の思い出を踏みにじるような理由がありません。

五月=生徒手帳の写真の女の子だと思う

五月≠生徒手帳の写真の女の子だと仮定した場合、五月は依頼主の思い出をぐしゃぐしゃにした外道ということになってしまいます。

もし仮に五月が生徒手帳の写真の女の子から零奈になるようにお願いされたとしても、写真をお守りの中に入れることはしないはずです。

なのでわたしは五月は生徒手帳の写真の女の子だと思っています

五月はなぜ風太郎との思い出を忘れていたのか?

やはり記憶喪失が原因でしょう。そういえば昔以下のような文章を書きました。

もうひとつ考えたのは、四葉の中に我々の知っている明るい彼女と、零奈の人格が同時に存在している、四葉は二重人格になってしまったというものです。

幼少期の零奈は、生前の母が自分たちを導いてくれたように、自分の他の姉妹のお手本になろうと思っていました。ちなみに零奈という名前は、姉妹たちの母の名前でもあります。

  • 母の死のショック
  • 姉妹を導かなければいけない使命感
  • 他の姉妹が個性的になっていくこと
  • 新しい父親 (今の中野父)

このような多くの要素が精神的負荷になってしまい、彼女の中に母の写し鏡とも言える「零奈」という人格が生まれてしまったという可能性もなくはないです。

これは四葉が母を失ったショックから、多重人格になってしまったのではないか、という可能性について考察した文章です。

母が亡くなった後の姉妹たちの家庭環境は複雑であり、それによって精神的な負荷がかかり記憶の一部を欠損してしまった可能性も考えられます。

最後に

わたしは五月=生徒手帳の写真の女の子だと思っていましたが、五月は風太郎と過ごした過去を覚えていなく、よく考えてみると違和感が存在することに気がつきました。

だからと言って五月≠生徒手帳の写真の女の子だと考えた場合、五月は風太郎と生徒手帳の写真の女の子の思い出の写真を雑に扱った外道だということになります。

五月は生徒手帳の写真の女の子かも知れませんし、違うかもしれません。

正直分かりません。はい。

GWに暇な方は『五等分の花嫁』の復習や伏線などの整理するために、読み返してみてはどうでしょうか?

おまけ:最近読んで面白かった本

『Fate/Apocrypha』 (小説)

『Fate/staynight』シリーズのスピンオフ作品。

14人の魔術師たちが世界的に有名な偉人たちを召喚して、”赤”と”黒”の陣営に分かれて殺し合いをするという話。

  • 竜殺しの剣使い”ジークフリート”
  • 人造人間”フランケンシュタイン”
  • オリオン座のモデルとなった”ケイローン”

このような世界的に有名な偉人たちも召喚されるので、彼らの活躍している姿を見るのが楽しみになってきます。

またマイナーな偉人たちの数多く登場しており「全く知らない偉人はどのような戦い方をするのだろうか?」と考えてしまうので、ページを進める手が止まりませんでした。

また登場する魔術師は大人になりきれていない少年少女が多く、彼らは偉人たちの導きや戦う姿を見て、人間的に大きく成長していきます。

『Fate/Apocrypha』は王道なバトル物としてすごく面白かったです。

漫画版もあります。

ルミナスブルー (漫画)

写真を撮ることが好きな主人公が二人の少女の写真を撮ることにより始まる百合漫画。

写真を撮る過程を丁寧に描写しており、人間同士の距離の微妙さがうまく表現されています。 (謎の上から目線)

主人公が写真を撮影することになった二人は以前付き合っていたのですが、上手くいかず友達同士の関係に戻ってしまいます。

その友達ですが恋人になれないという、気まずさやもどかしさがとても丁寧に描かれており、面白いなと思いました。

コメント貰えたらとても喜びます。